ピポさんブログ

筆ペンで名言を書くのが好きな30代。名言を読んでて引っかかったこと、考えた事を文章に残していくブログです。工作した物メインなブログはhttps://piposan.com/

上司だからって指示を聞かない人のケツまで持つ必要はないと思う。

仕事上の関係で上司と部下、これはある話。

上司として部下の行動に責任を持つ。これもある話。

上司として部下に指示を出す、質問に答える、相談に乗る。これもある話。

上司としての仕事で思い浮かぶのはこんなところなわけだけど、
これはあくまで前提条件として指示に従って部下が行動してくれてるからなわけです。

上司の指示の通りに動いて失敗しました。
なら上司の指示が間違っていた可能性がある。
それに対しての責任はとる。

わからないことがあって上司に質問をした。
答えってもらったことが間違っていた。
ならば上司に責任がある。

どうしていいかわらなくって上司に相談した。
自分で考えろと言われた。
ならば上司が考える仕事を放棄していると見える。
こうしたらいいかもねと提案をしないといけないよね。

あくまで上司と部下の話だとすれば
やらねばならぬことといえばこんな感じだと思う。
果たすべき責任は指示と質問に答えることと、相談に乗ること、
指示したことが間違っていたら非を認めて謝ること。
こんなところだと思う。

上司としての責任はもちろん果たさないといけないと思うけれど、
指示を聞かない、相談しない、質問しても理解せずに次へ行く部下に対して
その責任を果たして持つ必要があるのか!?
いや!ない!

なぜ責任を持たないといけないのか
その部下ができる事が増える、これが組織としてプラスになるからだと思うんですよ。
だから責任持って教えるし、質問に答えるし相談にものる。

できることを増やすためには指示された内容や理由を理解する必要があるわけで、
理解するには指示の通りに動いてもらって数をこなす必要があるわけです。
数をこなした上で自分で考える頭も必要ですね。
できる事が一向に増えない人に割く労力と時間は
言い方が悪いけれど、ムダになりがち

上司だから上司としての責任を果たさなければならない。
この考え自体は間違っていないし大変立派。
まさしくその通り。
ただ!
そもそも話を聞く気がない人に対して果たす責任はそこまで大層なものじゃなくて良い
だって、上司は責任を持って取り組むけれど
部下は聞く気なし、敵意だしてる、自分流でしか動かない。
そんな状態だと上司は消耗します。精神的にも肉体的にも
それはそれはかなり消耗します。

今まで書いた自分が思う上司としての責任は
話を聞いて指示の通り動いてくれる良い人に向けてしてあげましょう。
そのほうが上司側も嬉しいですよね。

話を聞くきがそもそもない、指示を聞かない、相談せず自分のやり方でする人に
上司としての責任を全く果たさないのはそれはそれで問題なので
指示は出す、聞かれたことは答える
これくらいでおkでしょう。
だって話聞かないんですから
その人のケツまで持つ必要はないでしょうよ。

せっかく責任感ある行動ができるのだから
きちんと指示を聞いて行動できる人にその責任感を使ってあげるのが
お互いに良い結果を生むでしょうね。

伝えことを確認するには相手に理解したことを喋ってもらうのがいい。

相手がしっかり伝わったかを確認するステップを忘れずに入れる。

説明っていう工程はよくするわけで、

なんなら確認っていうこともするわけですど、

今やってる確認の言葉って「わかった?」なんだよね。

答える側からするとYesかN Oなんですよね。

それで「Yes」って答えたら「よしわかったな」となり、

実はよくわかってないってことは割とよくある話で

さっき確認したよね!?とイライラとなる。

この確認の言葉を変えてみようという話なんですよね。

曰く

「今の話を聞いてわかったことを教えてもらっていいかな?」と。

ここでミソなのは相手に喋ってもらうこと。

どこまで理解できたか教えてちょうだいという姿勢ね。

ここで全然喋れないっていう状態だったら

「話聞いてないね、もう一回説明するからよく聞いてね。」

となって説明したらもう一回確認で教えてもらう。

逆に喋れるようなら、全部ではなくても少しは聞いてるっていう判断ができるね。

この確認の仕方だと

「あ、この人の話はちゃんと聞かないといけないんだ」

って思ってもえると思うのよね。

真面目にやってるつもりでも本腰入ってない人もいるから

それじゃダメだよ?ってのを伝えれるやり方だと思うんだよね。

一回説明した後に覚えてるかの確認をするので

わかりませんって感じだと、聞いてないねってこちらも言えるからね。

その上でちゃんと聞けよ、ってのと覚えなさいよってのを

一回で言えるわけだね。

意識が変わればその説明も覚えてもらえるだろうしね。

この確認の仕方は特に最初にした方が効果的だろうねと言う感じ。

ある意味説明したことの確認の言葉というよりは

適当なやり方されるとこっちが困るよ?

ということを伝えるための言葉になるかな。

使っていってものにしたいですね。

話を聞いてないなコイツ!と思われないためにお伺いを立ててから仕事を進めるのがまるいという話。

流石にねぇよ!

何なの!?話聞いてないの!?

こんな風に思われたらやはり自分の仕事がしにくくなります。

当たり前ですよね。教える側は時間とって労力かけてものになるなってくれたらいいなと思って指導するわけですから。
それらを全部無駄にされたと思ったら次からまともには教えてもらえないです。

仕事を教えてもらう立場の時点で当たり前ですが1人前ではありません。
半人前だったり、何なら1/4人前な訳です。
自分で判断して仕事する立場なわけが無いのです
そんな人が指導する側の意向を無視して仕事をしていたらやっぱりダメですよ。

やっても良いけど指導する側の話を無視するような行動をするのであれば
ちゃんと結果は出さないといけない。

無視した行動した上で時間内に終わってないとか怒られて当然。
怒られて逆ギレするようなら要らぬプライドの高いめんどくさいやつ認定です。

そんなヤベェやつ認定されたら再三言ってるけど自分の仕事がやりにくくなります。
やし、ヤベェやつだと思われてる状態で例え良いことしてもあ、そうとなるし
悪ことしたら、普通の人よりもコイツはやっぱりダメだわって思われる。
ヤベェやつフィルターが何をしてもその人のことを悪く見せるわけです。

自分が新入社員として新しく仕事を教えてもらう立場だとしたら半分以上詰みです。
ここまで悪い印象になったら盛り返すのは容易ではありません。
基本的に印象を盛り返そうと思ったら今までかかった時間の倍の時間が必要です。

例えば1ヶ月仕事して、イマイチだなぁ〜となっている人が
そこから2ヶ月バリバリ仕事してたら評価は盛り返すでしょう。

同じように半年やってイマイチだなぁの人なら
そこから1年は盛り返すのに時間がかかるわけです。

2年やってダメだなぁという人なら
倍の4年はかかる計算です。

ここまで時間がかかるならいっそ新しい職場に移って1から作り直した方が早いと思えます。

あいさつ、受け答え、言われたことを書く、覚える。

基礎的なことが最初のうちにできてるだけで全然違うわけです。

プライド持っておくのが悪いとは言いませんが、出す場面は選ばないといけません。

半人前、何なら1/4人前の段階でプライド出すのは絶対ダメですね。

1人前になってしばらくしてからプライド出さないとほんとにダメなやつ認定です。

そのダメなやつ認定を受ける行動の一つが「言われたことしない」ですよね。


この時間になったら帰ってね。という指示。時間になっても帰らない。何なら1時間残業して帰ってる。

別に残業すること自体が悪いわけじゃない。しないといけない日はもちろんある。

ただし、1/4人前の人間がわざわざ残業するようなことは基本ない。

こちらがどうしたの?時間になったから帰りなよ?と声をかけてないからどういう理由かはわからないけれど、
基本的に残業してまでする仕事など振っていない。

やるな!というわけではないけれど、時間を過ぎてまで仕事をしたいのであれば
「時間は過ぎたんですけど、これだけしても良いですか?」という伺いは必要。

残る理由を聞いた上で、「その理由なら明日できるから今日は帰りなよ」というのが正解だったのだろうけれど、
終わってないから自分の判断で残っているとしたらこれは大問題です。

というか「時間になったら帰ってください」という指示を完全無視しているわけです。

もしかしたら指示自体を覚えてないのかもしれない。そうならばカス!だし

指示は覚えているけど、自分の判断で残っているのかもしれない。そうならばクズ!

どちらの理由なのか、はたまた別の理由で残っているのかはわからないけれど

何にせよ指示じた側は指示を無視している感じをうけるわけです。

これはよくない。

もし時間内に終わってなくてまだしないといけないというのであれば、

こういう状況で、これとこれをするのに残業しても良いですか?と伺いを立てる

相手方に聞くことで判断してもらえる。

もしかしたら、「それは明日でいいから今日はもう帰りなよ」と言ってもらえるかもしれないし

もしかしたら、「それは今日終わらせないといけないから一緒にやるか」と言ってもらえるかもしれないし

もしかしたら、「そこからはやるからもう帰りなよ」となるかもしれない。

相手に聞いて判断をしてもらったらそれに従う。

半人前の人、1/4人前の人はこれをしておくべきだと思います。

1人前だと指導側が思ったら、任せた!って言ってもらえますからね。

教えてもらえるのが当たり前ではないのですから教えてくれる人を大事にするためにも

指示の通りに動く。時間が過ぎそうなら相談する。そして指示に従う。

これが大事だと思います。いやほんとに。

予定通りに行かないこともある。「そんな日もあるよね!大丈夫大丈夫!」と言えるだけの余裕が欲しいなと思った話。

三連休の中日ではありますが昨日の段階で全然何もしてないところでした。
全然何もしてないと自分の中では思っているのだけれど、
朝起きてバイクで擬似オフロード体験したし、嫁ちゃんの仕事の送りしたし、子供らのご飯食べさせてお薬飲ませました。
その後昼くらいまで寝て、お昼ご飯食べさせて、そこから夕方まで寝たり起きたりして、お風呂の準備して嫁ちゃんのお迎えに行って、
子供らとお風呂に入ってご飯を食べて歯磨きして寝たという、
文書にすると何もしてないわけはないというのが分かりますね。

ただ何もしていない感というのがなんなのかといえば、

「1番活動しやすい時間帯である午前と午後の時間の大部分を寝て過ごした」
これを勿体ないと思っているということなんですよね。

寝ることは悪なのか?悪いことなのか?という話。
自分の話だとなかなか見えてこないけれど、たとえば子供が2人いて嫁さん共働きの36歳の男と仮定して
平日8時間以上働いて帰って育児して休みになったら疲れて寝ているという状況。
果たしてそれを怠けていると言えるだろうかという話。

側から見たら休んだら良いんでない?って言ってると思います。


ある意味体が睡眠を求めているというのがわかるというか、
予定はあったかもしれないけれど体は睡眠を優先したってことなんですよ。


寝てしまって勿体無いというのも一つ正解だとは思うけれど、
逆にほぼ一日寝てしまうくらい体が疲れてる状態で満足に遊べるのか?という話でもある。
多分眠気が襲ってきて遊びに集中できないかもしれないとも思うんですよね。


そんなこんなで昨日は全然体が動いてなかったのもあって今日はちょいと動こうと思っていました。
ただ夜中にショート動画見て夜更かししてのもあって起きたのは8時前
今日は嫁ちゃんが自分で仕事に行くので送りはなしだったんですが、
子供らのご飯を準備してお薬飲ませた後動き出せずにしばらく動画を見てました。
子供ら置いて20分ばかしの散歩に行くって良いのかなぁ?なんて思ってもおりましたが、
キッチンで動画見て30分以上顔見てない時間が全然あるので、
散歩に行っても同じだよなこれと思ったので、
散歩行っていくるねと声をかけてから出発。
たかだか20分とはいえ早歩きで1.5km近く歩きますし体を使った感はありますね。


帰ってからプールの準備するべくベンチを寄せ集めて、屋根を作り、ブルーシートを広げました。
後は水を入れればおkという所まで作ってから今度は早めの夕飯の準備。
とは言ってもカレー作るだけのなので野菜切って鍋にイン。
冷蔵庫に肉がなかったので代わりに冷凍シャケをぶっ込み。
ガッと沸かしてルー入れて放置。
朝の間に作ってお昼とかおやつ時とか夕飯前に沸かすことで十分に熱が入って具材が柔らかくなりますからね。


やることやった後に筆ペンで書いたりなぞり絵をしたり、アクションカメラのチェックをしてみたり、
ナンバープレートカバーの色塗りをしたりしてお昼に。
ラーメンを食べさせて皿を片付けてからお昼の散歩へ。
同じルートではあるけれど、また1.5kmくらい刻みました。

この「刻み」が大事。

帰ってきてから暑かったしプールへイン!
気温がそこまで高くなかったのと、日差しがそこまで出てなかったのもあったけれど、ちょっと肌寒いくらいでした。
ただただやはり屋根のあるプールはありがたい話でなんならコットも外に出してたので横になれるのも良いところ。
ボヤッと空を眺めたり、蜜を吸いにきた蝶なり蜂なりを観察したりほわほわした時間を過ごしてましたね。
子供らがウォータースライダーないの?とか言い出したので子供部屋の滑り台を試しに持ってきた
らそこそこ良い感じなったのでそれで満足してもらいました。


30分ほどボヤッとした後にギターやるかと思い立ち部屋からセットを持ってきまして気持ちよく歌って弾いて遊びました。
1時間くらい遊ぶと喉も指も痛いくらいになりますね。
ただ部屋で動画をダラーっと見てるよりも
全然良い時間の過ごし方をしていると思いますね。

遊んだら5時前くらいになったのでそのままお風呂の準備をして、溜めている間にプールの片付けをしました。
屋根をしまい、ベンチをしまい、ブルーシートをパサパサして、濡れてるものは物干し場に干して明日しまう感じに。
お風呂が良い感じに溜まってたので早めのお風呂に入れてしばらくみんなでダラダラ。
重い腰を上げて朝のうちに作ったカレーを食べましたよ。子供らはレトルトですが。
そいうえば夏休みの日々の宿題を忘れてたのでちょいちょいとやって、吸入も5分やって、
子供の歯磨きを終わらせて残りは好きにしてもらって今に至るという話です。


書けば書くほど割とやっていると思いますよね。
一日寝てたとしても決して悲観することはないんじゃないかと思うし、
普段何もなくてもなんかしてる人が一日寝てるってことは

よっぽど体が疲れている証拠でもあると思うんですよね。
予定通りには行かないことも「そんなこともあるよね!」って思えるだけの余裕が欲しいと思いました。

見返りを求めるなら自分に求めましょう

こないだ仕事してたら事務所にネズミが出たんですよ。

誰かどうにかするやろ!と思ってしばらく放置してたんですけど、周りの人は興味本位で見に行くけど誰かが何かすることはなく野次馬状態。

いい加減うるさく感じてきたので軍手出してきて捕まえたんですね。

んでネズミさんの処理までして自分の席に戻ったわけなんですが、そこでふと思ったんですね。

ここは「助かったありがとう!」とか「お礼にジュースでもどうで?」とかお礼が来るんではないかと。

自分の中の常識で言えば、その場の誰も解決できなかった問題をね、代わりに解決してくれた人に対してね、ありがとうございますをいうのはある種当たり前な訳です。

自分の中の当たり前で考えてたもんだから、お礼の言葉がないのにすごくイライラしたんですよね。

だってさぁーこちとらわざわざ仕事の手を止めてそっちのネズミ処理に行ったんですよ。それも誰もできずに右往左往してたところにだよよ?

それで何もなしかよ。マジかよ?と気持ちが落ち込んでしまう訳です。

自分自身が聖人なわけではないので、やった行為には見返りを求めてしまうんですよね。

ちょっとしたことなら聖人ぶれるけど今回のネズミ事件はちょっとしたことではないのですよ。

そう、見返りを求めて、それが返ってこないことに対して気持ちが落ち込んでしまってたわけです。

ただし、見返りを求めること自体が悪いことではないと思うのです。甘えられる相手なのであれば、

「今のネズミ退治にはジュース一本分ぐらいの価値があるともうんだよなぁーチラッチラッ」とか

「僕頑張って退治したんで頑張ったで賞でジュース下さい!」とか素直にオネダリもできたと思うのです。

ただ今回は可愛くオネダリするまでできかったんです。

ただ求めてしまって、返ってこなかったという事実が自分を傷つけてたんですね。

そこで二つの気づきがあったんですよ。

一つ、してもらってお礼するのが普通の人がいれば別にしないのが普通の人もいる。

しないのが普通なので別に特別悪いことしてないけど?と相手は思ってるかもしれない。

するのが普通だと思って人を見ると、なんて常識のない人なんだ!ってなるけど、しないのが普通ならそれは無理な要求だよね。

つまり見返りを求めるだけ損損。求めない方が健全まであるということ。

二つ、見返りが欲しいなら自分が自分に与えてあげればいいじゃない、ということ。

反応を相手に依存してるから、してくれる人もいればしてくれない人もいる。

してくれないなぁ、イライラするくらいなら自分で見返りを自分に与えてしまえ。

反応を自分に依存するなら、自分の気分がのってればいつでもご褒美をあげれるわけですよ。

これに気がついたもんで、ネズミ駆除のご褒美はエナジードリンクを買って15分ほど休憩しても良い、ということにしました。

頑張った分のご褒美だから気兼ねなく休憩いたしました。


まとめると、

・自分の尺度で人をみた場合、お礼をしないのが普通の人に見返りを求めるとものすごいイライラするので、人に見返りは求めない方が無難。

・何か見返りが欲しいのであれば自分が自分に今欲しいものをプレゼントしてあげれば、自然循環していい感じになる。

ある意味当たり前な話なのかもしれないのだけど、今回はなかなかいい気づきだったと思います。

そんでこの理屈は結構仕事以外でも使えるなと思っていて、

育児でイライラする時に暴発しないために抑えるわけです。何にもないマジのプライベート状態だとブチギレ必須なんですけど、

これ我慢したら今日1時間ゲームしていい!って考えるようにしたらまま落ち着くようになりました。

人間餌なり得になることがあると動きが違うよな、と実感できましたね。

謝るということについて考えさせられた


基本的に謝る時って何か悪いことをした時だと思っています。

もっと言うなら悪いことをしていないのに謝りたくないと思っています。

そもそも人に対して謝ることが苦手なところがある訳ですが、その一方で口癖のようにすみませんと言っている自分もいます。

ただ謝るたびに自分が悪いんだぁ!と自己嫌悪をすることが結構あります。

と同時に後からあれ俺悪くないんじゃない?となることもあるんです。

なんでしょうね。謝る=悪いことをした。という認識が強いせいで、謝るたびに自分は悪いことをしたんだという感覚になると言うことかな。

ただ今回の言葉を見た時に「謝るのは悪いことした時だけじゃないんだな」とおもったんです。

今回の言葉は謝ると言う行為を「その場を収めるための手段」として使ってるんですね。

謝ることでその場が良くなるならお安い御用だと。なかなかそう言うふうに考えたことがなかったんです。

友達にこの言葉のようなことを言っていた子がいてその時は大人な考え方だなぁと思っていたのですが、

なるほど謝るも一つの道具なのかと今なら納得ができますね。

誤って済むならお安いご用の精神。いいと思います。

とりあえず動こう!


何かするぞ!となった時、後先を考えて二の足を踏んでしまうことありませんか?

失敗したらどうしよう。これが必要じゃないだろうか、そもそもまだ早いのではないだろうか?

考え出したら後ろ向きな考えしか出てこない。あると思います。

そんな時は「とりあえず」動きましょう。

今考えてることは横に置いておいて。まずは0を1にしましょう。

不思議なもので動き出すと考えが前向きになるんです。

動いていると、これどうしたら良くなるかな?これどうしたら解決できるかな?って考え出すんですね。

やらない限りどうにもならないという環境になるからでしょうね。

これが頭の中だけで考えている状況だと、やるか、やらないかというところを考えるんでしょうね。

考えるべきはやるという前提で「どうするか」ということなんですけどもね。

そうなんですね。やるかやらないか、で頭を悩ますんじゃなくて

やるとして「どうやるか」ということに頭を悩ます方が断然良いということですね。

考えるべきことを考えるためにも、やるかやらないかを考えなくてもいいようにするためにも、

まずは動く、動いてみないとわからないことは結構ありますしね。

動いて前向きになるというのは、つまり解決しようと動き出してるってことですね。

前進してるわけです。いいね!